れいこさんの闘病記

交通事故(追突) 頚椎椎間板ヘルニア・腰椎椎間板ヘルニア
2004年12月腰椎ヘルニア 内視鏡手術
■2004年8月16日追突事故に遭う
忙しいお盆も休みなく働いていました。
お盆とお正月はお休みのない仕事です。お盆も終わり明日からはゆっくりできるなぁ〜
そんな仕事帰りに追突事故に遭いました、赤信号で止まっている時にスピードを落とさずに近づいた車に追突されました。
シートに頭を強くぶつけました。頭はボッーとしていましたが、出血はありませんでした。
事故処理をしてから、総合病院へ診察に行きました。時間外でしたので当直の内科の先生が診てくれました。
首のレントゲンを撮って「首の骨は大丈夫」だと言う事で痛み止めを渡され帰宅しました。
それからが激しい頭痛の始まりでした。
しばらく仕事を休んで寝ていましたが頭の痛みはとれずに一週間目に同じ総合病院の脳外科を受診しました。
CTを撮りましたが異常はなく、「痛みはかならず治りますよ」の先生の言葉と痛み止めをもらい帰宅。
でも、痛い。頭が痛い!
鼻の奥、目の奥の辺りから頭の中心をまるで鉄材が突き抜けるような痛みでした。あまり眠る事も出来ずに…痛い痛い日々でした。
頭を打ったのだからしょうがないのかなぁ〜っと思って…我慢
それから二週間ほど辛抱しましたが、痛みは治まらずに耐え切れずに整形外科で受診しようと、同じ総合病院の整形外科の受付へ
そこで、頭が痛いので診てほしいと言うと、そのまま脳外科に行きなさいと取り合ってもらえず、脳外科へ…なんで…?
今度はCTレントゲンを取り、一週間先のMRIを予約しました。
毎日激しい頭痛に痛み止めの日々でした。まだ一日一回でした。それでも仕事に行き、家事も何とかやっていました。
この頃からは痛みで眠れないので、寝る前には市販の痛み止めを飲むようになっていました。
■9月中旬MRIの結果、頚椎椎間板ヘルニア 
痺れもなかったので痛み止めを1日二回の治療となりました。
先生からは「必ず痛みは取れますからね」 明るい言葉に大丈夫だと思っていました。
ただ、痛みが取れなければ牽引も考えますというお話でした。
それでも痛みは変わらず、つい口癖のように「あぁ、頭痛い」・・いつもいつも呟きながら、仕事に、自治会の用事に、家事に、遊びにと走り回っていました。
これは無理だと思い出したのは、三年前に患った腰が痛み始めた頃でした。坐骨神経痛で三週間ほど動けなくなった事があるので、このまま無理を続けるといけないと思い、会社に休暇願を出して休む事にしました。これが9月25日の事でした。
この日からすべての事が無理の積み重ねのように・・・腰の痛みと変わっていきました。そして坐骨神経痛が現れました。
腰、左足の太ももから、ふくらはぎ、かかとへと神経を伝わって痛みが走り出しました。ふくらはぎは筋が引きつり、激痛でした。
頭は痛いし、腰は痛いし、左足は痛いし、歩く事も痛くて休みながら…
■10月1日整形外科を受診
今度は腰だから見てくれるかなぁ〜不安でしたが、同じ総合病院の整形外科を受診しました。
レントゲンを撮って、ヘルニアの疑いがあるとの事で12日のMRIを予約、治療はリハビリと痛み止めだけしかありませんの言葉に私は言葉もなく…どうして。。。
その上先生からは「頭の痛いのは脳外科に行くように・・・」「腰の痛いのは事故とは関係ないですよ」
どうしたらいいのよ・・・同じ体なのに一度に見てよ。
この日3時間待って、診察して、リハビリをして、帰宅。その夜から座る事が出来なくなりました。
歩く事も、立つ事も、座る事も、横になっている事すら痛みがあり夜昼なく足は引きつり、痛みに眠る事すら出来ずにまさしく激痛でした。
それでも食事の準備をして、洗濯して、駅まで車で子供を送り迎えに行き、痛み止めは効かず。市販の痛み止めが少しの間だけ眠らせてくれました。
一日に何回飲んだのか?わからなくなっていました。食事も座る事が出来ないので寝たまま…
薬を飲んで効いてくるまで我慢して、少し眠る…痛みで目が覚めたら、また我慢です。
痛みと戦いながらの11日間でした。
10月12日
駐車場から、少し歩いては休み、歩いては休みしながらMRIを撮りに病院に行きました。
待ち時間はソファーに横になっていました。先月に続いて二回目のMRIです。
■10月15日MRIの結果、腰椎椎間板ヘルニア
この時点では軽症で手術の必要もないとの事に少し安心しました。
治療は牽引と痛み止めです。しかし、とにかく痛くて、遠い総合病院までリハビリに行くことが出来ずに、近くの内科医院に紹介状を書いて頂き通院することになりました。
そんな時にこちらのサイトを知り、色々と読ませて頂ました。
この頃には、痛み止めのお陰なのか頭の痛いのは忘れていました。足は筋肉を失い、ふくらはぎが引きつる事もなくなっていました。神経の痛みだけ…いえ…痺れも…
10月16日
内科医院に受診。リハビリは腰を暖めて、牽引する。動ける日は頑張って行きました。治ると信じて…
薬も効かないので変えてもらい、少しだけ楽な日が出来ました。
痛い日と痛みが和らぐ日が波のように、交互にやってきていました。それでも痛みがなくなることはなく10月末には先生の前で思いっきり泣いてしまいました。46歳のおばさんが痛いと泣くのです。涙が止まらず・・・泣きました。先生の前で・・・・あまりの痛さに、この日、痛み止めの注射をしてもらいましたが、効き目は少しでした。すぐに痛みが帰ってきました。
この頃、友達たちがとても心配してくれて、ヘルニアの先生を探してくれました、もっと遠くて大きな総合病院の整形にヘルニアで有名な先生がいらっしゃるとの事で受診するように薦めてくれました。
我慢も限界でしたので、内科の先生に紹介状を書いて頂き、とにかく診察に行く事にしました。この時には手術も仕方ないと思っていました。歩けるようになるなら…仕方ない。歩けるようになりたい。
■11月8日総合病院の整形外科を受診
もっと遠くの大きな総合病院の整形外科を受診しました。レントゲンを撮り、診察、
前の整形でヘルニアだと言われたのだったら間違いは無いでしょうが、MRIを診て見ないとわからないから、前の整形からMRIを借りて次回診察に来るように、言われました。その日にブロック注射をしてもらいました。
11月12日
前の整形からMRIを借りて受診。ブロック注射も効き目がなく反対に痛みが増したようだと、主治医に伝えましたら手術しかないだろうと言う事でした。「家族と相談して決めるように」「このままリハビリをしたら、あと3ヶ月〜半年してら良くなる事もあるが早く動けるようになるなら手術ですよ」「決心がついたら入院予約を入れるように」
痛み止めをもらって帰宅。何を考える事が残されていたでしょうか?ほとんど歩けない状態でしたから、何とかして歩きたいそんな思いでした。後は家族を説得して了解をもらい。
11月15日には入院予約の電話を入れました。それから入院に向けて準備を始めました。
痛みも変わらず、右を下にして横になっている事が唯一痛みがやわらぐ姿勢でした。
■11月29日に入院
血液、尿、レントゲン、心電図、肺機能検査をして、看護士さんより入院診療計画をききました。
主治医の先生が外来の先生から、別の先生になっていました。手術は外来で診てくれた先生がしてくれるとの事でしたがこの日、初めて主治医の先生の診察を受けました。
11月30日
二ヶ月間も寝ていましたので、左足が弱っていたため、手術前のリハビリを受ける事になりました。足に少しでも筋力を付ける為に、術後のベッドでの起き上がり方などを手術前日まで受けました。
12月1日
ミエログラフィー
CTを撮りました。車椅子で検査室へ。体を丸くして、造影剤を注射してレントゲン、CT検査しました。検査後2時間はベッドで絶対安静。この夜、7時ころ主治医先生の回診があり、かなり大きなヘルニアである事を告げられました。手術日12月10日に決まり、6日に手術前の説明を聞くことになりました。覚悟はしていましたが、少しの不安もありました。
12月3日
神経根造影をうけました。痛みを確認する・・・聞いただけでも痛そうな検査です。痛かったですが・・・なんとかクリア・・・
検査後は1時間の絶対安静。この頃は検査のお陰で痛みが無くなっていました。幸せでした。ちゃんと歩けるのです。痛みが消えていました。
12月6日
主治医の先生から手術の説明がありました。夫と二人先生の話を聞きました。MRI、レントゲン、CT、見せてもらい内視鏡での手術をする事、(MED法)手術中に従来の背中を大きく切る方法に変更する事もある事、全身麻酔をする事、手術をしても腰の痛みは持病として残る事、痺れがなくなるのは長い時間がかかる事、高血圧、高脂血症、糖尿病の持病のためリスクがある事を聞かされました。あまり心配していなかった夫も、かなり驚いていたようです。良い話も、悪い話も、してくれますからね。
12月7日
しばらく痛みが消えていましたが痛みが返ってきました。改めて痛み止めをもらい、痛みとの日々です。歩く事も痛みが戻っていました。ベッドで横になったまま、手術の日を待ちました。
12月8日
手術のため、個室に移動しました。
12月9日
手術前日麻酔科の先生から全身麻酔について話を聞きました。今夜10時から絶食、明日は午前10時からは水も飲まないようにする事。手術は午後2時〜3時頃始まりますとの事。就寝前に下剤を飲みました。
■12月10日手術当日
下剤が効いたので浣腸はしませんでした。昼過ぎまで静かに過ごしました。2時半までに自分で歩いて手術室へ。
見送りの家族に「行ってくるね」不思議と明るく言う事が出来ました。そして手術台に上がりました。後はすぐに分からなくなりました。気がついたのは病室に戻っている時でした。待っていてくれた家族の声に、何とか反応しました。手術が終わって病室に戻ったのが4時半だったそうです。手術室に入って、病室に戻るまで、2時間でした。麻酔が効いていたので痛みもなく眠っていました。時々看護士さんや家族の声が聞こえていました。
一時間くらい寝ていたら、先生の回診がありました。主治医の先生、外来時に手術しましょうと言ってくれた先生と二人の回診でした。「順調に手術が終わりましたよ」の言葉に本当に安心しました。それから驚きの言葉が・・・・
「さあ、起きて、歩きましょう!」 えっ、明日までこのままでは・・・・「あれ、起きられないの?」と先生
「起きます」と、リハビリで習ったように、体を動かして・・・「よいしょ」って先生に支えられて体を起こす事が出来ました。
「さあ、コルセットして立って!」もう、信じられない言葉の連続でした。
先生に支えてもらって立てれましたが、吐き気が・・・先生に洗面器を持たせたまま、少し吐いてしまいましたが、これで気分がよくなり、すっきりしました。
しっかり立てられるのを、数歩、歩けるのを確認して、「後で歩いてトイレ行ってね」と回診終了。驚きの時間でした。
思いがけず、早くに歩ける事にとても、嬉しかったです。
痛みも術後すぐに座薬を入れてあるらしく、痛みもなくて眠る事ができました。時々は目が覚めましたが、体を起こしてベッドに座ったりしながら朝まで、眠る事ができました。
あれほど痛く、寝ていることも辛かったのが嘘のように消えていました。
残念な事に痺れは変わらずに左足に残っていましたが・・・
12月11日 
朝食のプリンを食べる事ができました。
特別な痛みもなく、座薬を使うこともありませんでした。歩く事も、座る事も、寝る事も、痛みもなく、
手術が成功した事をとても嬉しく思いました。
微熱が少し出ましたが、三日目にはシャワーの許可も頂き、順調に回復して術後一週間で抜糸
■12月18日に退院
抜糸の次の日に退院しました。
あれから二ヶ月無理をしないように生活をしていますが特別な痛みがなければ来なくて良いと言う事で、一応通院も終わりましがまだ腰が重いような痛いようなそんな感じです。
左足の痺れは太ももから指の先までに残っています。「いつか良くなる」そう思いながらの日々です。
そして最近、気がつきました。頭が少し痛いのです、指にも痺れが少しあるようです
これは首からでしょうね。きっと・・・
のんびり首と腰、付き合って行きたいと思っています。
仕事も立ち仕事の重い物を持たなくては行けない仕事でしたので、しばらくは無理だと思い辞めてしまいました。
今は暖かくなったらもっと良くなると信じて、少しずつ歩いています。



■20日間の入院でかかった費用
手術料約9万円
薬、注射、検査、画像診断料に約3万円
その他入院料約13万円
10日間個室にいましたので室料3万3千円
総額約28万円
でした。
大部屋でも大丈夫のようでしたが、夫が個室に入れてくれました。
最初は6人部屋でしたが楽しく過ごすことができました。入院生活が楽しいと思えるほどの明るい前向きな方ばかりでした。個室に移ってからもみなさんが退院するまで遊びにきてくれて、私よりも症状の重い方(内科系の手術をされていました)ばかりでしたが、明るく前向きな方に元気をいただきました。とても痛くて辛い日々でしたが、家族、友達、病室の人たちに励まされ、とても幸せでした。今もみなさんの優しさに甘えて過ごしています。


追突事故が原因で激しい頭痛が始まり、MRIで頚椎椎間板ヘルニアが見つかり、また腰椎のヘルニアも見つかりました。事故による精神的ショックもさることながら、頚椎・腰椎両症状の苦しい日々、そして腰椎ヘルニア術後までを綴っていただき、当「みんなのヘルニア闘病記」でご紹介いたしました。 管理者:楽楽


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